2012年、Dior (ディオール) の新アーティスティック・ディレクターに、Raf Simons (ラフ・シモンズ) が就任した。フランスの由緒と伝統あるメゾンに、フランス人ではなくベルギー出身の、しかもオートクチュールの経験がまったくない“ミニマリスト” の Raf が抜擢されるというのは予想外の人事で、ファッション業界を驚かせたのはまだ記憶に新しい。
映画『ディオールと私』は、Dior社屋の最上階にあるアトリエで、Raf Simons が初めてお針子たちと顔を合わせるところから幕を開ける。フランス語が堪能ではないRaf は通訳を挟みながら笑顔で挨拶を交わすものの、互いにどこか打ち解けない感じがその表情からリアルに伝わってくる。とにかくデビューショーとなる2012-13年秋冬オートクチュールコレクションまで、わずか8週間しかない。Raf が提案する難題に対し、ギリギリの絶妙なタイミングで完璧に応えていくスタッフたち。観ているこちらまで手に汗握るシーンが、本作ではまるでドレスに一針ずつ刺される緻密なビジューのように連なり続ける。またそれらの合間には、Raf がスケッチなしでデザインを組み立てる独特のスタイルや、神業のようなアトリエの秘技も自然と収められていて、人によってはインスピレーションに富んだ映像として映るはずだ。
テーラード部門の職長モニク・バイイ (中央)、ドレス部門の職長フロランス・シュエ (右) とラフ・シモンズ | © CIM Productions
正統な伝統を引き継ぐアトリエというのはメゾンにとって心臓部ともいえる場所で、普段は完全に閉ざされており、カメラが潜入するのは同作が初となる。アトリエにはテーラー部門とドレス部門があり、そこにRaf 率いるデザイン起案チームが加わり、さらにファブリック・コーディネーターもいて、全体を統括するディレクターやコミュニケーション担当も日々激務に追われている。スタッフたちがいろんな場面で困難に立ち向かう描写から、ひいてはチーム Dior の揺るぎなく重厚なフォーメーションが浮かび上がってくるのも、この映画の見どころのひとつだ。
© CIM Productions
もともとカメラ嫌いで有名な Raf だが、やはり寡黙な人のようで、激情することがあっても表にはなかなか出さないタイプであることが本作中で確認できる。そんな彼がショーの後、ランウェイに出てきた時には感情を抑えきれず喜びに満ちた顔をしている。Anna Wintour (アナ・ウィンター) や Susie Menkes (スージー・メンケス) らファッション界のうるさ型が、まるで我が子のことのようにショーの成功を喜んでいる様子にも思わず胸を打たれるし、世界トップのパリ・ファッションを動かす人の力と歴史の重みを改めて思い知らされる。
2012-13年秋冬オートクチュールコレクション | © CIM Productions